
― 安全について、静かに考え続けるために ―
このたび山口県で発生した潜水中の事故について、報道がありました。
まずは、お亡くなりになられたダイバーのご冥福を、心よりお祈りいたします。
ご家族やご友人、関係者の皆さまのお気持ちを思うと、言葉が見つかりません。
私自身、亡くなられた方とは過去に一度ご一緒したことがあり、
今回の知らせは非常に重く受け止めています。
安全に「向き合い続ける」ということ
このような報道を目にすると、
ダイビングそのものの危険性について心配になる方もいると思います。
まず今回の事故は、探検家ダイバーによるプロジェクトで起きたものであり、
一般的なレクリエーショナルダイビングにおける潜水事故とは性質が異なります。
探検的な潜水は、
「この先がどうなっているのか分からない」
「何が起こるか分からない」
そうした環境に対して、自己責任を前提に準備し、臨む世界です。
難しさのレベルは違えど、
安全に対する考え方そのものに違いがあるわけではありません。
ここで、ひとつだけお伝えしておきたいことがあります。
潜水事故は、
一般的に多くの人が関係する交通事故やより多くの愛好家がいる登山事故などと比べると、
いまも事故率は低いレベルにあります。
ダイビングという活動には、
長い年月をかけて積み重ねられてきた
安全を担保するための教育システムが、すでに確立されています。
正しい教育を受け、
適切な環境と範囲で行う限り、
ダイビングは本来、過度に危険なものではありません。
一方で、
近年ダイビング事故が増加傾向にあることも事実です。
この点については、
またあらためて、別の記事で整理して書きたいと思います。
教育と探検、それぞれの立ち位置
私はこれまで、いくつかの探検プロジェクトに関わってきましたが、
その中で常に意識してきたのは、
-
自分とメンバーの経験値や得意分野
-
当日の環境条件
-
「中止」「撤退」という選択肢を最初から持つこと
こうした慎重で柔軟な判断の積み重ねが、
いままで事故を避けてきた一因だと感じています。
そしてこれは、ただの感覚論ではありません。
SDI/TDIのテクニカルダイビングの立ち位置について整理した記事でも触れている通り、
テクニカルダイビングにはまず「教育としての安全基盤」があり、
その上で探検や未知の領域に踏み出すという考え方があります。
この考え方は、
👉 「テクニカルダイビングにおけるレクリエーショナルと探検の境界線」
(https://katodaisuke.jp/archives/668)
の中でも詳しく書いています。
「安全を考える力」を身につけるということ
SDI/TDIが教育で大切にしているのは、
単に深く潜る技術ではなく、
自分で安全を考える力を育むことです。
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想定外の環境に行く前に、教育(トレーニング)と経験を積む
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ルールや制限を理解して適用する
-
自分で状況を判断し、最適な行動を選択する
こうした基本が、
事故の起きにくい潜水をつくる基盤になります。
生きて帰るために
探検や調査、挑戦は、とても価値のあるものです。
しかしそのすべては、
生きて帰ってきてこそ意味があると、私は考えています。
今回の事故を、
誰かを責める材料にするのではなく、
それぞれが自分自身の判断や準備を静かに見つめ直す
きっかけにしてほしいと思います。
私自身も、
これからの活動において、
これまで以上に安全と向き合い、
気を引き締めてプロジェクト運営を続けていきます。
この文章は、
事故を評価したり、責任を裁くためのものではありません。
亡くなられた方への哀悼とともに、
安全について考え続けることを促すためのものです。
加藤大典
2026年2月8日






